リーンキャンバスの書き方

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杉野 洋一

IT系企業、会計ファームにて広くクライアントを支援する傍ら、韓国・インドにて教育・指導・通訳に従事するなど多様な文化・企業環境において活躍。中小企業診断士として独立後は中小企業を中心に「真にクライアントに寄添う経営支援」を信条とし、最近は事業成長に向けた経営指導、業績不振企業への経営改善・事業再生など、幅広く経営指導に携わっている。

Summary

リーンキャンバスはビジネスモデルを検討するためのフレームワークであり、特に見直しの容易さが強調されている。リーンキャンバスは項目を埋めるだけでなく、そこでの思考法や考え方が重要である。特に各項目を書く順番と「圧倒的な優位性」には大きな意味がある。そこで本稿では、実際に書いてみようという方を対象に現役コンサルタントが書き方の要点を解説する。



リーンキャンバスとは?

リーンキャンバスは事業のビジネスモデル(収益構造・事業類型)を検討するための道具である。経営戦略や収益構造(ビジネスモデル)を検討する際に便利に使える道具をフレームワークと呼び、このリーンキャンバスもフレームワークの一つである。USERcycleの創業者でもあるアッシュ・マウリャが、Web系サービスの開発をする過程で、発明したものということである。同氏は「Running Lean ―実践リーンスタートアップ (THE LEAN SERIES)」という書籍を出版しており、日本語訳もあるので、興味がある方は参考にできる。元々、Internetのサービス開発用に作られたようだが、その他の用途にも利用できる。

リーンキャンバスでは、収益構造(ビジネスモデル)を「顧客の課題」「顧客セグメント」「独自の価値提案」「ソリューション」「チャネル」「収益の流れ」「コスト構造」「主要指標」「圧倒的な優位性」の9つに分けて考える。



リーンキャンバスのメリットは?

リーンキャンバスのメリットは何と言っても1枚で簡潔に記載できることで、発表、見直しが簡単であることである。一般的に新規事業を考えるに当たって、検討すべき項目は多岐に渡り、慣れている人でなければ何らかの指標やガイドラインとなるものがあった方が考えやすい。

見直しの容易さ

特に見直しがしやすいという点は、メリットとして大きい。多くの新規事業では、初めから全ての項目をきっちり決めてからやる方法よりも、少し進めてみて手応えを見ながら計画修正を行っていった方が成功の確度は高まる。そこで見直しが簡単にできる書式が重要になり、リーンキャンバスの一枚で書けるという特性が役に立つ。

圧倒的な優位性の考察

リーンキャンバスの最大の特徴は「圧倒的な優位性」にある。実際に書いてみるとこの箇所を書けないことが多い。寧ろ、圧倒的優位性がある新規事業は少数で、ほぼ全ての事業が圧倒的な優位性を持たないまま展開していくのではないだろうか。リーンキャンバスが元々ITの新サービス開発向けというのも、新サービスが「圧倒的な優位性」を持っているとは考えにくく、この項目には違和感を感じる人も多いだろう。実は「圧倒的な優位性」はこれから実現していくべき目標である。即ち、今は存在していなくても、将来的には圧倒的優位性を備えるように考えていくべきものである。実際に書いてみる際には当該事業において何があれば圧倒的優位性が持てるのかという視点で考えてほしい。

逆にいうと、圧倒的優位性に目を向けることができるというのがリーンキャンバスのメリットの一つである。


リーンキャンバスとビジネスモデルキャンバスの違い

リーンキャンバスとよく似たフレームワークに「ビジネスモデルキャンバス(BMC)」がある。BMCも同じく収益構造(ビジネスモデル)の9つの項目を記載する。

BMCは仕入先・協力会社、業務、経営資源、顧客価値、契約形態・料金体系、営業・販路、顧客層、費用構造、資金繰りをその9つの要素としている。


リーンキャンバスとBMCの相違を以下に整理した。

  • リーンキャンバスのみ

    顧客の課題、独自の価値提案、解決策、圧倒的な優位性

  • BMCのみ

    仕入先・協力会社、業務、経営資源、顧客価値、契約形態・料金体系

  • 共通

    チャネル(営業・販路)、顧客層、費用構造、資金繰り

こうやって改めて整理してみると、それぞれの特徴が見えてくる。リーンキャンバスはやはり「圧倒的な優位性」として何が必要なのか、これを考察する過程が考えられている。つまり、顧客課題→独自の価値提案→解決策→圧倒的優位性という思考の流れが圧倒的優位性を考えていく上での道しるべになるという思想である。経営資源という項目がないのは、既存事業から新規事業を生み出していく方法論ではなく、全く新規に事業を考えていく為だと考えられる。また、仕入先・協力会社の項目がないのはITサービスを前提としているからであろう。

BMCの方は既存事業の仕入先・協力会社、経営資源(ヒト・モノ・カネ)に注意を払いながら、最適な選択を取っていく方法論を示している。

結論として、全く新しい事業を0ベースで考えたい場合にはリーンキャンバス、既存事業を概観したい場合にはBMCを用いると良さそうだ。


項目別の書き方

リーンキャンバスの書き方は、各項目に順番があり、この順序に沿って記載することが推奨されている。1つ目はまず顧客について考えてみることである。顧客とは商品・サービスに価値を感じ、お金を払ってくれる経済主体(人・企業・組織)である。次にその課題について考えてみる。売り方、KPIの順に考えていき、最後に圧倒的な優位性について考察を行う。興味深い点は、圧倒的な優位性があるから、対象事業を行うのではないということである。経営学の教科書に出ている「強みを活かして新事業を考える」という発想ではなく、ある一つのビジネスモデルで強みとなるものは何か、ひいては強みを作り出していこうという発想がある。

  1. [Customer Segments] 顧客セグメント(ターゲットにする顧客)
    • まず、ここを最初に埋める。価値を感じてお金を払ってくれる顧客が分からないと戦略を作りようがないため。アイディアを出すためには、既存顧客層、新しい顧客層、色々と可能性を探ってみる。

    • 既存顧客でも余り重要でないと思われる場合には外して考えてみる。

    • 新しい顧客層の場合は、既存顧客と同じ課題を持っている顧客群を想定する

    • 新規事業とは結局、a. 既存の商品・サービスの延長で客を変える、b.新商品・新サービスで今までの客に追加で売る、c.新商品・新サービスを新しい顧客層に販売するのいずれかである。この中では、b.が一番易しい。

  2. [Problem] 課題(重要な上位3つ)
    • 課題に関しては、顧客視点に立って考えること。例えば、「ドリルを買いにきた人が欲しいのはドリルではなく『穴』である」 レビットの著書 『マーケティング発想法』(1968年))。

    • なぜなぜ分析を試してみる。お客さんはドリルを買う→なぜか→ドリルが欲しいからだ→なぜ、ドリルが欲しいのか→穴をあけるためだ。のように「なぜ」を繰り返してみる。

    • 代替の解決手段を考える。競合他社ではなく、どんな手段があるか。プレステのライバルはスマフォ? どちらも子供の財布を狙っているから。

    • 特殊なお客様からユニークなニーズを掴むことができる場合があり、そこに独自の価値提案のヒントが埋もれていることがある。(虫が動かなくなる殺虫剤。ある女性は、殺虫剤を直ぐに使い切ってしまう。何故なら、虫が動かなくなるまで殺虫剤を噴射し続けるから。)

  3. [Unique Value] 独自の価値提案
    • お客さんがお金を払ってくれるのはなぜか? 利便性? 価格? 機能・性能? 自己表現?商品・サービスの特徴だけでなく、短納期、柔軟な対応、特典等、様々な観点での検討を行う

    • 「誰に」「何を」を含む、商品・サービスのコンセプトを一言で言い表す

    • 既存事業であれば、お金を払って買ってくれる顧客がいるという事。何故、自社から買ってくれるのかを検討する。

  4. [Solution] 解決策(上位3つの機能)
    • 実際に顧客に提供する製品、サービス

    • 課題の解決策になっているか? 既存の代替手段との比較。今の解決策の改善の方向性は? (広い視野で検討、自分がやったら困ることは?)

    • 「顧客の課題」に対応していることが望ましい。

  5. [Channel] チャネル
    • 顧客への販路をまとめる。複数の経路があって良い。

    • 直接販売/間接販売(代理店)、ネット通販、個別の営業活動(ルートセールス、提案営業、反響営業等)、広告宣伝。

    • 顧客が如何に商品・サービスを知り、入手するのか。

  6. [Revenue Stream] 収入の流れ(収益モデル、収益、粗利益等)
    • どのように収入を得ているか?

    • 価格はどのように決めているか? (原価から、顧客価値から 等)

    • 顧客に価格決定の主導権を取られないか? 交渉のための材料は?

    • 契約形態: 1回切り、回数券、定期購読、年間契約・・・

  7. [Cost Structure] コスト構造(顧客獲得コスト、流通コスト、人件費等)
    • 解決策を生み出すためのコストをリストアップ。

    • コストを下げる方法に関しての案があればまとめておく。

  8. [Key Metrics] 主要指標(計測する主要活動)
    • KPI。ビジネスがうまくいっているのを表す指標、強みを更に強くするのを表す指標は何か?

    • 財務諸表の数字(主に、収益)以外に、数量、平均単価、顧客定着率、新規顧客獲得数、クレーム数等、キーとなりモニターしておくべき指標をまとめる。できれば売上方程式をつくる。

    • 次の「圧倒的な優位性」を強化する施策がうまくいっているかをモニターする指標は競争力を維持するために非常に重要

  9. [Unfair Advantage] 圧倒的な優位性(簡単にコピーや購入ができないもの)
    • 本物の圧倒的な優位性とは、簡単にコピーしたり購入したりできないもの。(自分しか持っていないもの、他社に持たれると困るもの、長年蓄積してきてすぐに追いつかれないもの)

    • 顧客の信頼(社長同士の交流等)、独自の技術、きめ細かい気づかい、短納期対応、要求への柔軟な対応、面倒なことへの対応 等。

    • 圧倒的優位性が思いつかない場合、逆に、何があれば圧倒的な優位性が作れるのかという視点で考えてみる。



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IT系企業、会計ファームにて広くクライアントを支援する傍ら、韓国・インドにて教育・指導・通訳に従事するなど多様な文化・企業環境において活躍。中小企業診断士として独立後は中小企業を中心に「真にクライアントに寄添う経営支援」を信条とし、最近は事業成長に向けた経営指導、業績不振企業への経営改善・事業再生など、幅広く経営指導に携わっている。
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